○脳梗塞
脳梗塞は、脳の血管が詰まって血流が止まり、脳細胞が傷つく病気です。命にかかわることもあり、回復後も手足のまひや言葉の障害などの後遺症が残ることがあります。現在の治療では、慢性期の後遺症を大きく改善するのは難しいとされています。そこで、自分の脂肪から取り出した幹細胞を使って脳を修復する新しい治療が研究されています。この治療では、幹細胞を脳内に移植し、6か月後には歩行や日常生活動作が大きく改善した患者さんがいました。重い副作用もありませんでした。今後の広がりが期待される治療法です。
《出展》Chiu TL, et al. J Tissue Eng Regen Med. 2022 Jan;16(1):3-13.
○心筋梗塞
心筋梗塞は、心臓の血管が詰まって血流が止まり、心筋が壊死する病気で、命に関わることもある深刻な疾患です。最近の研究では、他人の脂肪から採取した幹細胞(Allogeneic ADSC)を心臓の血管(冠動脈)に注入する治療が注目されています。この治療は、幹細胞が傷んだ心筋に働きかけて修復を促し、心機能の改善につながる可能性があるとされています。これまでの臨床試験では、安全性が確認されており、一部の患者で心臓の働きが回復するなど、前向きな結果が報告されています。
《出展》Bovi J, et al. J Am Heart Assoc. 2017 May 3;6(5):e005771.
○糖尿病
1型糖尿病は、インスリンをつくる膵臓の細胞(β細胞)が免疫により壊される病気です。この研究では、病気の発症から間もない患者さんに、他人の脂肪から採取した幹細胞とビタミンDを併用して治療を行いました。幹細胞は点滴で1回投与し、ビタミンDは6か月間毎日服用しました。その結果、大きな副作用はなく、膵臓の働きを示すCペプチドという指標が改善し、血糖コントロールも良くなった患者さんが多くいました。特に、全員が「ハネムーン期」と呼ばれる、糖尿病の症状が一時的に落ち着く状態を維持できました。
《出展》Dantas JR, et al. Arch Endocrinol Metab. 2021 Nov 3;65(3):342-351.
○腎不全
慢性腎不全は、腎臓の働きが徐々に低下し、老廃物や余分な水分をうまく排出できなくなる病気です。進行すると透析や腎移植が必要になることもあります。こうした患者さんを対象に、他人の脂肪から作られた幹細胞製剤「ELIXCYTE®」を静脈から1回注射する臨床試験が行われました。中等度から重度の慢性腎不全患者12名のうち、58%が6か月後に腎機能(eGFR)が20%以上改善し、多くが1年後も改善を維持していました。副作用は軽度で、安全性も確認されました。
《出展》Zheng CM, et al. J Cell Mol Med. 2022 May;26(10):2972-2980.
○皮膚潰瘍
褥瘡(床ずれ)は、長期間同じ姿勢でいることで皮膚やその下の組織が壊死する難治性の傷です。韓国で行われた臨床試験では、ステージIII〜IVの褥瘡または糖尿病性足潰瘍の患者12名に対し、ご自身の脂肪から幹細胞を取り出し、創傷部に注入(約5百万細胞/㎤)した治療を実施しました。創部には幹細胞を医療用接着剤に混ぜて塗布し、6週間追跡されました。その結果、治療に伴う重大な感染や合併症は見られず、傷の治癒が2週間以内に20%以上進行するなど、創傷の回復が加速しました 。この研究は幹細胞治療が難治性潰瘍に対して安全かつ有効な治療になる可能性があることを示しています。
《出展》World clinical gov. NCT02375802
○乳房再建
乳がんの手術後、乳房を失った方にとって乳房再建は外見の回復だけでなく、精神的な自信や生活の質を取り戻す大切な治療です。九州大学などの研究では、自分の脂肪と脂肪由来幹細胞(ADRC)を混ぜて注入する再建法を実施しました。この治療では、幹細胞の働きによって脂肪の生着率や質が向上し、乳房の自然な形や柔らかさが維持されました。副作用も少なく、安全性も確認されています。脂肪幹細胞を活用した乳房再建は、患者さんの身体的・精神的な回復を支える新しい選択肢として期待されています。
《出展》覚道奈津子等、女性健康科学研究会誌(第6巻1号、2017年2月)